新垣 和哉 (院長)

<院長 施術家ストーリー>

 

私は四人兄妹の二男として南米ペルーの首都リマで生まれ、スペイン語しか話さない環境で育ちました。12歳で来日するまでは特に日本語を学ばず、漢字で自分の名前を書くこともありませんでした。

 

来日後は時に涙しながらも一生懸命に日本語を学び、苦労を重ねて読み書きと会話が出来るようになりましたが、今でも知人たちから文章がいつも変だと言われ続けています(笑)

 


ですから、このプロフィールもきっとスタッフからの手直しがあるはずです・・・。

おかげさまでスペイン語は無難に話すことができますので、興味のある方はスペイン語で話しかけてくださいね。

私がこの仕事についたきっかけについて書きたいと思います。

私は幼少の頃、気管支喘息、間質性肺炎などで、3歳から7歳頃までの間は幼稚園や小学校にまともに通学することが出来ない虚弱児でした。

ペルーでの生活ですが、体調を整えるために7歳から12歳までは三歳年上の兄と親の住む「リマ」を離れ湿気の少ない「チョスィーカ」にある「親戚宅」に療養を兼ねて預けられ暮らしました。


 

親元を離れて暮らしだしてからは、南米ならではの野草治療(漢方治療のような物)や中国人の鍼灸治療も受け、少しずつ体調も良くなり一年足らずで元気に走り回る事が出来るほど回復しました。

 

回復後も、親元を離れたまま12歳まで「チョスィーカ」で過ごしました。元気を取り戻してからは、週三回の水泳と南米の国技ともいえるサッカー三昧という暮らしでした。

 

その後、ペルーの治安悪化のため、12歳の誕生日を迎えるにあたり、家族全員で日本へやってきました。最初は文化の違いと言葉の壁により大変苦労しましたが、幸い友達に恵まれて楽しく学生生活を送ることができました。

 数年後 私が高校卒業して専門学校へ進学し、建設の大工として働いていたとき、私の父が五十肩になってしまいました。父は、ペルー時代から分離症による腰痛、両膝の変形による症状などで病院に通っていましたが、来日してからも状態はいっこうに良くならず、毎日痛みと格闘して苦しんでおりました。足腰だけでなく、肩まで痛めてしまった父の姿をみて「父の為に自分で何かできないか?」と強く思う毎日が続きました。

 

そして幼少時代に受けた鍼や薬草治療の体験を思い出し、自分が施術家になって人の身体を健康にしてあげたいと考えるようになりました。仕事を継続しながらも手技を学べて父の痛みを改善させるためには何を身につければよいかと調べた結果、夜間で学べるカイロプラクティックの道へ進み親孝行しようと決意しました。

 

カイロプラクティック学生の頃、練習相手は主に父親でした。強く揉んでみたり、習いたての矯正をしてみたり、講師の先生に父の状態を伝えて治療のアドバイスを頂いては、自宅ですぐ父に施術してみたりと、とにかくガムシャラにやっていました。

 

時に強く揉みすぎて「もみ返し」もおこしてしまいました。お陰でいろいろな症状の練習・研究ができたのですが、父の症状が好転して良くなったのは、私がカイロプラクティック学生になってから一年後でした。

父の長年の痛みが取れた時は「とっても嬉しかった」です。

 

父の喜ぶ笑顔を見た時、私の達成感と喜びが体の中心から湧き上がったのを今でも忘れられません。


カイロプラクティックの学校を卒業し、エンジニアの仕事を辞めて治療家として整骨院で働くようになってから二年目のゴールデンウイークの前日、仕事の疲労が溜まってしまいぎっくり腰になってしまいました。この時の辛さは、体験した人にしか理解出来ないほどで、言葉には表せないほどの苦痛を味わいました。

 

その後も、坐骨神経痛やぎっくり腰を5度も起こすようになってしまい、トイレにも行けないほどの痛みに襲われて地獄の日々を繰り返すこととなりました。

もう痛いのは嫌、なぜ、腰痛になるのか?その原因を知る為にカイロプラクティックの他に、鍼灸専門学校に入学して東洋医学や整体の知識をさらに深めて、新しく学んだ治療法があれば直ぐに自分自身の体で実験するという日々を繰り返しました。

 

 

腰痛治療を自分の専門分野にしようと研究を始めて3年がたった頃、私の腰にはいつも2、3割痛みが残る状態でした。もうこのまま痛みが完全に消え去ることは無いのでは、一生この痛みと上手に付き合うほかないのかと思い始め、意気消沈していたところ、

 

以前同じ職場で働いたことのある柔道整復師の先生から、「おがさわら治療院」を紹介されました。

どんな施術をしているのか、試しにというつもりで施術を体験してみると、自分がやっている治療とはあまりにも違うとてもソフトなタッチでの施術に戸惑い、これってなんだろう、正直にいうとこれで痛みが取れるはずが無いと強く疑いました。

 

しかし、なんと治療を受け終えてみると「今まで消えなかった痛みがすっかりなくなっている」この施術では、からだの歪みが取れることで脳の記憶までも変えてしまったのだと実感しました。

 

そして、体にとっては、弱く優しい刺激の方がいいのだと実感しました。

強く揉めば揉むほどからだの防御反応が働き、体の深部まで緊張をほぐすことが出来ず、強く押せば押すほど深部が固まって感覚が麻痺していたのだと、初めて理解できました。

 

私が今までに体験した腰痛の原因は、飲みすぎ、食べ過ぎ、冷え、仕事姿勢、からだの疲労から来る事がほとんどでした。知らず知らずに体の深部を緊張させてそれが全身の歪みにつながり、結果腰を痛める事が多かったのです。

 

その後、おがさわら治療院で開催される勉強会に参加させていただく機会を受け、おがさわら治療院で行っている施術法は、見た目では簡単にみえますが、一人ひとりの患者さんに対して必要最小限の刺激でやさしく触れて行うというとても難しい手技であることが分かりました。

 

そして、この手技を正しくマスターして、施術家や整体マッサージなどに対する一般常識を変えて(強く押せばよく効くと思われる世の中)この治療法を多くの方々に伝えなくてはと思い、おがさわら治療院で働き学ぶこととなりました。

 

来院してくださった皆様やいつも協力して下さるスタッフのおかげで、平成23年より、小笠原総院長から「おがさわら治療院」の院長職を預かるようになりました。

自分のように痛みやしびれなどで苦しんでいる人がいるのなら是非この治療を受けて回復して欲しいと思います。そして一人でも多くの方を回復へ導ける施術家へと今後も成長したいと願っております。

 

おがさわら治療院

院長 新垣 和哉

 

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